| ドロップアウト・パンチ 『リターンマッチは幻に…』 |
Text by Katsuya Ohkubo |
3月下旬。ある取材で新大久保の協栄ジムを訪れていたときに、トレーニングにやってきた佐々木基樹が、「ジミン(トレーナー)て、ある意味ぜんぜん科学的じゃないんですよ」と言って笑いながら教えてくれた。 佐々木が湯場忠志を9回TKOに下し、悲願の日本チャンピオンとなったのは2月15日。実はそのタイトルマッチへ向けたスパーリングの最終段階で、彼のパートナーを務めていたのは無名の練習生だったという。 しかし、佐々木と並んでシャドーを始めたその練習生を見てみると、湯場と同じ長身ながら、湯場とは逆の右構えではないか。話によれば、ある日、突然にジミン氏から「お前は今日からサウスポーだ!」と言われ、そのまま佐々木の待つリングに上がらされたのだという。 ちなみに知る人ぞ知るジミン氏は、ロシアの元ナショナル・コーチで、あのユーリ・アルバチャコフやオルズベック・ナザロフを世界のトップ・アマからプロの世界チャンピオンにまで牽引した名伯楽である。 その名トレーナーの眼力が、かつてラガーマンだったという彼(練習生)の体力やセンスにまで及んでいたかどうかは定かでない。が、ともかく、急造の仮想王者はその役目を立派に務め上げ、佐々木は王座を獲得してみせた。 なんとも逞しいチーム・佐々木である。 さて、佐々木と湯場のその後はどうなったのだろう。3年ほど前にスパーリングで出会い、やがて同じ食卓を囲んだり電話をやりとりするようになっていた彼らは、対決を前に友情を封印したのだった。 「あれ(試合)から1度も話してないですね。あいつ今、何やってるんですか?」 というのが、その時点(3月下旬)での佐々木の返事。つまり、封印はまだ解かれていなかった。 無理もない。わずか1ヵ月半前に、9ラウンズの激闘を演じた末にタイトルが移動。勝者の喜びと同じだけ、敗者には喪失感があるものだ。かといって、人を食ったような言動で知られる佐々木といえども、敗者に要らぬ情をかけるほど奢った男ではない。そして何より、リターンマッチの可能性があるのだ。二人の間に敵対心が存続していると考えるのが、むしろ妥当かもしれない。 あくまで口頭であるが、佐々木本人には湯場が望むなら再戦に応じる意志があることを、僕はあのタイトルマッチの夜のうちに確認していた。 「この勝利は決して番狂わせではありません。ボクシングは強い者が勝つんじゃない。勝った者が強いんです。そして僕が湯場より強かったんです……」と、戦後のリングから始まった新王者の熱い独演会が控え室でお開きになりかけたころ、僕はこう尋ねた。 「湯場クンが、もう1度やりたいと言ったらどうします?受けますか?」 「やりますよ」 佐々木は即答してくれたのだった。 一方、新王者よりも一足以上先にリングを引き揚げてきた湯場は、控え室の椅子に腰を落とすなり両手で顔を覆い、しばし天を仰いでいた。しかし、溢れてくる涙を止めることはできなかった。 「気持ちで負けました。向こうの気持ちのほうが強かった……」 湯場に慢心や油断はなかったと僕は思う。試合の2ヵ月前、いつものように妻子を九州に残し、身銭を切って東京の安宿に滞在しながらスパーリングに励んでいた彼は、佐々木の誉め殺し作戦を見抜いていると自分から語ってくれた。 では、彼が感じた「気持ち」の差とは、具体的に何だったのだろう。これは佐々木の勝因から探っていくと解き明かされてくる。 そもそも、この日本タイトルマッチは王者・湯場の優位と見られていた。挑戦者が云々ではなく、湯場はグローバルな視点で評される日本重量級のエースだったのだ。僕の知る限り、大勢に反して佐々木の勝利を読んでいたのは、歌人の福島泰樹さんとライターの丸山さんだけである。僕は湯場の勝利を疑わなかった。いかに優れた役者の佐々木であろうとも、王者の正統派ボックスの前では結局は虚しい役を演じるハメになるのだろう、と。だから、逆に「佐々木がんばれ」という心持ちで2月15日の後楽園ホールに向かい、試合プログラム2頁目の「湯場激励会を本日開催」との告知を見て、いっそう佐々木に肩入れしたくなった。 しかし、リング上の佐々木は役者などではなく、冷徹で賢いファイターだった。持ち前の頭脳にテクニックもキャリアも総動員し、体格のハンディを逆手にとり、また多少のダーティーも厭わずに、自分のペースを貫いた。例えば初回、いきなり正面から右を振るいつつ、相手の鼻先へ頭から飛び込んでいって宣戦布告。途中で流れを失いかけると、アゴを突き出して相手を挑発。相手に頭(ヘディング)を意識させておいての右ブローには、ストレートとフックの二種類あり、これを絶妙に使い分けて顔面を殴る。さらにその右を意識させておいて、今度は左フックを見舞う。それらのパンチには、どれも一撃で相手のアゴを上げさせるだけの力があり、まとめ打つことも可能だった。 対する湯場はというと、佐々木がそこまでのケンカ・ファイトを仕掛けてくるという予測がまずなかったのではないかと思われる。激しい戦いになるだろうとは予言していたが、おそらく、打ちつ打たれつの壮絶な打撃戦を描いていたのだ。故に、佐々木のラフな先制攻撃に面くらい、ヘディングに対して険しい表情を見せた。やがて、その厄介な頭をレフェリーに抗議するころには自分の頭は沸騰し、被弾の影響もあって足は思うように動かず、本来のボクシングができなくなっていたのではないか。 ただ勝つためだけに、あらゆる手段を模索し、なりふり構わずにそれを実践した佐々木と、いつでも受け身で後手に回った湯場。つまり、湯場が試合後に語った「気持ち」とは、最終的には勝利への執着心だったように思う。 かつての二人には友情のようなものが存在し、互いを知る間柄だった。それをも作戦に活かしたのだと胸を張る佐々木は何ら咎められるべきではないし、勝負師の資質をもった堂々たるチャンピオンである。かといって、墓穴を掘った湯場に「勝負師失格」の烙印を押すのは短絡的すぎるし、いずれ雪辱を期して立ち上がるだろうと僕は睨んでいた。なぜなら、湯場はアルバラード・イシマルの強打と低い頭をクリンチ・ワークで封じた実績があり、佐々木と再び戦うなら今度はその準備も当然してくるだろうと思われたからだ。 再戦となれば、佐々木は前回以上に不利の予想を立てられるかもしれない。第1戦があまりに完璧な勝利だっただけに、それ以上のものを第2戦で求めるのは酷にも思えるし、リマッチなど拒否したほうがいいに決まっている。にもかかわらず、再戦の意向を問われて「やりますよ」と、間髪入れずに答えてくれた佐々木の男気に僕はえらく痺れていた。 だから、3月下旬に佐々木に会って1週間もしないうちに、湯場のHPで「引退」が発表されていたことを知って絶句した。 だが思えば、湯場は試合前から「負けたら終わり」と明言し、敗れた後には新王者の控え室を一人で訪ねてきて「ハートで負けました。もうこれで足を洗います」と話して握手を求めたのだった。おそらく、その後に多くの激励と慰留を受けたことだろう彼の、最終決断は尊重しないといけない。 もはやリターンマッチが幻となった以上、二人の間に他人が立ち入ったり詮索するべきではないし、その興味も損なわれてしまった。ただ今後もし、湯場が翻意して再起することになれば、是非とも続きを追いたいものである。 |