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98年末、パンサー柳田は、代理登板の形で初挑戦した日本スーパーフェザー級タイトルマッチでコウジ有沢に僅差の判定で敗れ、7ヶ月後の99年7月、満を持して臨んだリベンジマッチでは初めてのKO負けを喫した。
自陣・青コーナーのすぐ近くで大の字に倒れた柳田を、私は客席から見ていた。
同じ相手に、しかもベルトをかけた戦いで連敗するというのは、一体どんな気持ちなんだろう?
それを訊きたくて試合後の控室を訪ねたが、頭からタオルをかぶり、うなだれている柳田に声をかける勇気がなかった。顔は見えなかったが、泣いていたのはわかったからだ。
しかし、宙ぶらりんのままにしてしまったせいか、その疑問と知りたい欲求は、募るばかりでなかなか消えない。迷いに迷った挙げ句、約2ヶ月が過ぎた99年9月、ついに私は福岡帝拳ジムを訪ねた。
柳田の顔は、後楽園ホールで見たときよりややふっくらしていた。
悔しい。かなわないとは思わないが、差が何なのかはわからない。それが、有沢戦に関する柳田のコメントの要旨だった。
ひとつひとつの質問に対して、考えながら丁寧に受け答えをする様子からは、頭の良さそうな、物静かな青年という印象を受けたが、そろそろインタビューを締めくくろうかというときになって、柳田は思いがけないことばを口にした。
「チャンピオンになることは約束します」
それまでの話しぶりと、顔の表情も声のトーンも変わらない。デビューに至った経緯やプロとしての戦歴といった過去の事実を語るのと同じ調子で、「チャンピオンになる」と断言したのだ。だからこそ、余計に唐突な気がした。
まっすぐで、静かな目だった。
大口を叩いたり、軽はずみなリップサービスをするようなタイプではない。確固たる自信を持てる理由が、何かあったのかもしれなかった。しかし、なにしろタイトルマッチ連敗直後で、骨折した顎の治療がようやく終わって練習を再開したばかりなのだ。何を根拠に彼がそう言うのか、私には想像もつかなかった。
そして、柳田はその1年3ヶ月後、トニー・ウィービー(豪)とのOPBFフェザー級タイトルマッチを制して、本当にチャンピオンになった。まさか、と思った約束を実現させてしまったのだ。
リング上で、ベルトを腰にした新チャンピオンは、バンテージを巻いたままの手で何度も涙を拭った。悔し泣きはそれまで数知れないが、嬉し涙を流したのは、それが初めてだったという。
99年の夏、やはり柳田は迷いと不安の中で葛藤していたのだった。
「もう無理なのかな?続けられるのかな」
顎の治療のため入院したベッドの上で、ずっと考え続けた。その末に出た結論は「負けたまま終わりたくない」だった。
「もう1回やるからには、チャンピオンにならないと意味がない」
そう思って、復帰を決めた。
あのとき「約束」を口にさせたのは、自信なんかではなく決意で、静かな眼差しは、次の失敗はあり得ない、という覚悟の表れだったのだ。
その後、柳田は東洋タイトルを返上し、今は世界挑戦に照準を合わせてそのチャンスを待っている。
もう1年近く前になるが、「チャンピオンになれる人となれない人の差は何だと思う?」と訊ねたとき柳田は、しばらく考えた末に
「頑張り続けられるかどうか、ですかねぇ」
と答えた。
まじめで努力家の柳田らしいコメントである。
頑張り続けて苦境を乗り越え、一度はベルトを手に入れた。さらに上を目指して踏ん張りどころを迎えている今の柳田の頑張りが、再び報われることを期待したい。
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