| Text By 船橋真二郎 Photo By 山口 裕朗 |
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上田 成人(うえだ なるひと)/国際ジム |
ボクサーにとって1勝には、単なる「ひとつ」以上の重みがある。たとえば試合までの苦しい練習や減量、恐怖や緊張など、肉体的にも精神的にもすべてから解放してくれるのは、勝利以外にありえない。ボクサーにとっての1勝を思うとき、ぼくは上田成人(国際)のこんな言葉を思い出す。 「これで、ええ年迎えられる……」 今から3年半ほど前の1999年10月20日、福井量士(古口)との6回戦に判定勝ちした試合後のこと。水道橋のラーメン屋の座敷で、チャーハンの大盛りをきれいにたいらげた上田は、水を一口飲んだ後、壁にもたれかかりながら、心からほっとした表情で口にしたのだ。 そして、ときに1勝は、より以上の意味と重みを伴い、ひとりのボクサーを急速に飛躍させることがある。 「ボクサーにはきっかけになる試合っていうやつがある」 元日本スーパー・フェザー級チャンピオンのキンジ天野(国際)は、そのような1勝を、自分の経験を踏まえてこう表現した。上に行くきっかけをつかむ試合。ボクサーはいかにしてそのようなきっかけをつかむことができるのか。天野はこう続けた。テクニックや才能などは、必要条件ではあっても、十分条件とは言えないということなのだろう。 「思いきって自分から勝負をかけないと、そういう試合も作れない。ボクシングに限らず何でもそうだと思うんですけど、やっぱり最後はハートなんですよ。それを引き出すのは他の誰でもない。自分なんです」 2002年7月11日、大石享史(新日本木村)との6回戦で、上田成人(国際)は、福井戦以来、実に2年9か月ぶりとなる勝利をあげた。高校3年のときに国体で優勝。高校、大学を通じて62戦45勝(20KO・RSC)17敗という戦績を残したアマチュアのエリートは、プロでは思うような結果を出せず苦しんでいた。ボクサーとしてだけではなく、自分に対する自信まで失いかけていたという上田は、大石戦に自身の進退をかけて臨んでいた。 ≪勝って自分に自信を取り戻してからでないと、ボクシングにケリはつけられない≫ 果たして上田は大石戦に勝利した。 「2年9か月の間、ずっと追い求めていたのが1勝です。1勝の重み、勝つことが簡単ではないことを思い知らされましたから」
試合直後に語った上田は、今後については言葉を濁した。 「今は目標を達成できて、とにかくほっとしてます。今後のことはまだ考えられません」 と。だが、答えを出すまでにそれほど時間はかからなかった。 「辛くて苦しかった練習もリングで手を上げられたら吹き飛んでしまいました。それで満足はするんですけど、またやりたい、また手を上げられたいって思ってしまうんですね。結論としてはボクシングは麻薬やってことです。まあ、ありきたりなベタな話ですけど、ほんまにそう思いました」 試合から5日後のことだった。 しかしその後、幾度となく現役続行を迷う。かつて骨折し、手術したことのある左手小指が、またうずき出したということもあった。年が明けた1月15日には26歳になる。実家の湯豆腐屋を継ぐ話、母方の実家の寺を継ぐ話。「そろそろ……」という声が、ちらほらという以上に強くなってきていたということもあった。その迷いを断ち切ったのは 「自分の実力を試合で出し切れたら、もっと上まで行けるんちゃうかな」 というボクサーとしての欲だった。 昨年12月のスパーリングが、そんな上田の思いを後押しする。相手は元東洋太平洋スーパー・フェザー級暫定チャンピオンで、1月11日に日本タイトル挑戦を控えていた藤田和典(倉敷守安)。1階級上のトップコンテンダーを相手に、上田は互角以上のスパーリングを行ったという。年末、京都の実家に帰り、その模様が収められたビデオを、「先制攻撃」で家族に見せた上田はこう宣言した。 「今年1年は何も言わず、オレの好きなようにやらせてくれ」 2年9か月ぶりの1勝。これで終わりにするのではない。再び上を目指すというのであれば、次の1勝こそが大切なはずだった。この1勝をきっかけにできたのかどうか。それは、次の試合でわかるはずだった。 「まとめろ!」「手数!」 リングサイドの金田隆コーチの口から、こんな掛け声が目立つようになったのは、試合が2ラウンドに入ってからだった。1ラウンド2分過ぎ、細かい連打をまとめてスタンディングダウンを奪い、優位に立っていたはずの上田成人は、金田コーチの言葉通り、パンチをまとめ切れず、ダメージの色濃い野沢竜一(八王子中屋)をしとめ切れないでいた。
2003年4月5日、上田は大石戦の勝利以来、9か月ぶりとなる6回戦を戦っていた。1ラウンドにダウンを奪ったことで狙い過ぎてしまったのか、上田の手数は減り、大振りの左フックが目立つようになる。上田が野沢にプレッシャーをかける展開に変わりはないが、2ラウンド以降、ふたりがもつれあう場面も次第に多くなっていく。それでも上田は単発ながらクリーンヒットを随所に決め、じわじわと野沢を追い込んでいった。4ラウンド終了間際、その左フックがカウンターで決まると、野沢の足がグラリともつれる。この場面は、自らを鼓舞するように、「ハッ!」と一声発した野沢が反撃、ラウンド終了のゴングが鳴る。野沢はガッツのある選手だった。しかしコーナーに戻る足元は覚束ない。結局、この時点で試合は決まっていた。5ラウンド2分8秒、青コーナーからタオルが投げ込まれた。 試合直後の上田は、肉体的な疲労というよりは、むしろ精神的な疲労の方が強いように見えた。その表情に勝利の後の高揚感はなく、安堵感からくるのであろう虚脱感が表れているようだったのだ。静かに言葉少なく上田は語った。 「とにかく勝ててほっとしてます。勝たないと意味がないから。なにより5年ぶりにKOで勝てたことがいちばん嬉しい……」 プロ2戦目の4回戦以来となるKO勝ち(野沢戦はTKO)だった。だが、もっと早く決めることができたはずの試合でもあった。「2ラウンド以降は狙い過ぎた?」と話を向けてみる。 「ええ……。まあ」 最後までその一言を上田の口から聞くことはできなかった。 その一言を聞いたのは、試合から3日たった国際ジムに、金田コーチを訪ねたときだった。試合の感想を金田コーチはこう語った。 「試合は思ったほどよくなかったね。練習は今まででいちばんよかったんですよ。だから、これはもしかしたらと期待はしてたんです。でもよくなかったね。1ラウンドにダウンを取るまではまだよかった。でもあそこで決めなきゃいけない。本人も言っていたんだけど、怖がってるんだよね。相手のパンチが強いから、と。でもリングサイドから見ていると、ここで行かなきゃいつ行くんだっていうくらいのチャンスですよ。10回戦なら3回くらいはそういうチャンスがあるかもしれない。でも6回戦では1回か2回、あるかないかのチャンスです。そこで勇気を持って行けなければ、絶対に上には行けない。(胸を指しながら)ここが弱いのか、慎重なのか……。もっと自分の殻を破って、自信を持ってやればいいと思うんだけどね。そこが昔から変わらないところ。勇気。それが成人には足りないのかもしれないね」
以前、まだ大石戦が決まる前、なかなか勝つことができず苦しんでいた頃の上田に練習後、こんな質問をぶつけたことがある。 「ボクサーとして自分に足りないもので、何かひとつほしいものは?」 上田の答えは技術的なことでも身体的なことでもなかった。 「ハートがほしい」 人はいかにしてそれを手に入れることができるのか。それは自らが自分の中から引き出す以外にないはずのものだった。金田コーチは言う。 「ハートだけは教えられない」 野沢戦の前、上田は精力的に出稽古を行った。野口ジム、宮田ジム、帝拳ジム。行く先々で、「強いね」と声をかけられたという上田はこう話していた。 「天野さんも昔は出稽古で有名になったらしいんです。天野さんも最初は苦しんでましたけど、そうやって力をつけて、上に行った。ぼくもそうありたい」 だが、それだけでは少し足りない。天野が上に行くことができたのは、チャンスに勇気を持って踏み込んでいくハートを持ち合わせていたからかもしれなかった。天野にとっての「きっかけ」になった試合とは、2000年2月7日の松信秀和(宮田)戦。当時ノーランカーだった天野が日本ランカーの松信に挑んだ試合だった。苦戦も予想されたこの試合に完勝した天野はその後、6連勝で一気に日本タイトルまで駆け上がった。 「キンジには、たとえ難しいと思った試合でも、決まった試合は『ダメでもともと、勝ったらもうけもの』と喜んで受けるような度胸のよさがある。上に行く選手は、だいたい普段の会話でわかるんです。一言一言が変わってくる。上に行きたいという意欲が伝わってくるんですよね。成人からはまだそれが伝わってこないかな……」 金田コーチが上田に期待していないわけではない。いやむしろ期待しているはずなのだ。野沢戦の3週間前、上田の調子を尋ねたぼくに、金田コーチはこう答えていた。 「今日のスパーリングの出来はよくなかったね。パンチをちょっともらい過ぎかな。パンチを打った後に、もっと体を振ったりすれば相手のパンチは外せるんだけどね。まだ打った後に、動きが止まってしまうようなところがある。まあもっと上に行ける選手だから、厳しい目で見てしまうんですけどね。でも少しはよくなってきてるんですよ。以前は、打たれるとカーッとなって、ノーガードでパンチが大振りになってしまうような所があったんだけど、だいぶ冷静にできるようになってきた。カバーリングもだいぶよくなってきてるね。そういう意味では今度の試合が楽しみ。まあ上を目指せる選手なのでね」 6回戦で2連勝、3勝目。次の試合は初の8回戦になる可能性が高い。最終的には高橋美徳会長の判断と前置きしながら、金田コーチは上田に8回戦をやらせたいと言う。そうなればワンランク上の選手を相手に、上田のハートが試されることになるのかもしれない。
「ここで自分の殻を破って上に行けるのか、このままずるずる終わってしまうのか。確かにそれがわかるかもしれないですね」 金田コーチもうなずいた。 アマチュア同期の佐藤修(協栄)、西岡利晃(帝拳)、名護明彦(全日本パブリック)はすでにはるか上にいる。同じ国際ジムで、上田より遅くデビューした同い年の稲村健太郎は、一足早くA級昇格を果たした。以前の上田にあせりがまったくなかったといえばうそになる。だが今の上田は「人には人のペースがある。ぼくにはぼくのペースがあるから」とマイペースを強調する。一方で「今年は崖っぷちなんで、気合入れてがんばります」と、今年1年を勝負の年と位置付ける上田は、野沢戦が決まった頃、再スタートに向けてこう語っていた。 「アマチュアでやってきて、国体でも優勝したし、前までは世界チャンピオンになるっていうのがあったんですけど、今は先のことは考えたくないんです。決まった目の前の1試合を大事にしたい。日本チャンピオンになるとか、日本ランキングに入るとか、そういうことも考えないようにしてます。誰かが言ってたんです。『遠くばっかり見てるから、近くの石に気づかなくてつまずいてしまう。だから、オレは下を見ながら歩くんや』って。今のぼくもそれといっしょです。決まった試合を1試合1試合勝っていくだけです。そうすれば会長やコーチが必ずチャンスをくれると思うんです。この1年は、毎試合デビュー戦のつもりで戦います。そうやって1勝ずつ積み重ねていけば、自分で活路を開けるんじゃないかなって」 アマチュアの実績が示す通り、上田の実力に不足があるというわけではない。決してハートがないというわけでもない。問題は後1歩、踏み込むことができるかどうかであるに違いないのだ。だがそのわずかと思える差が、上に行くボクサーとそうでないボクサーとの、大きな差となって現れてくる。 勝つことの難しさを知り、勝つことのかけがえのなさを改めて知った。勝つことは難しいからと守りに入るのか。困難であるからこそ、もう1歩踏み込んでそれをつかみ取ろうとするのか。上に行くきっかけを、その1勝をつかもうというのであれば、それは後者でなければならないはずだ。8回戦に挑むであろう今年1年の間に、上田はどんな自分を証明してみせるのか。それは、他でもない上田自身にかかっている。 |
