HEART BEAT PHOTOGRAPH Photo Text By 山口裕朗






 98年のA級トーナメント、初戦で国際ジムの天野欽二に敗れた夜、後楽園で初めて泣いた。涙もろい私は、先輩の熱い闘いに涙が流れ出そうになった事はあったかもしれないが、この時ばかりは涙が出たというものではなくて、泣いてしまったのだ。

 グローブを合わせた時から「嫌な距離でやる奴だな。」と、しっくりこない感じがした。

 そして、3R、気がつけばレフェリーが目の前でカウントを数えていた。慌てて立ち上がったがロープにもたれなければ立っている事も出来ない深いダメージだ。ロープにつめられパンチを雨のように浴びせられられたが、ラウンド終了のゴングに救われた。それから5Rにストップされるまでの記憶はほとんど無い。後にビデオで見たら、3Rのパンチは鮮やかなカウンターだった。自分がこんなにダメージをうけてフラフラになっていたという事は、闘っている最中にはわからない。何故レフェリーはあのダウンの時にストップしてくれなかったのだろう。あの時にあのパンチから救ってくれていたなら、身体も心も、あれ程までに傷つかずにすんだというのに・・・。

 リングを下り、そのまま医務室に運ばれ、ドクターの質問に答えながら、散々に打ちのめされて敗れた自分を初めて実感した。「完敗だ。」そう思った瞬間、涙が溢れ出ていた。この涙が全てだった。


 「額賀のパンチはかたくて強い。」と、何度か額賀とスパーリングでグローブを交えている元日本スーパーバンタム級チャンピオンの木谷卓也が言っていた。それは、14勝のうち実に10がKO勝ちであるという事からも容易に想像が出来る。しかし、日本バンタム級タイトルのかかったこの試合では、サーシャ・バクティンの前にその「かたくて強い」パンチをヒットする事なく敗れた。アマチュアで百戦錬磨のサーシャを攻略するにはカウンターを主武器とする自分のボクシングを貫きすぎた。事前の作戦があまりにもなかったのではないかと感じた。不意をつく作戦を準備していたのかもしれないが、リングに上がると出来なくなってしまったのかもしれない。2日前の湯場忠志と佐々木基樹の激戦が頭に焼き付いていた私の希望的観測と言われるかもしれないが、何もできかったということは、何か仕掛けることが出来たら、という可能性を見出す事も出来るのではないだろうか。

 この夜、額賀の流した涙は私の流した「終わり」の涙ではなかったと思う。フィルムを現像し、ルーペでベタ焼きを覗き込んだ時にそう信じたくなった。



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