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かつて私は不動産会社のOLだった。
入社して2年11ヶ月が過ぎた日。同期のヤマザキくんが総務部へ退職の挨拶に来た。彼は私の席の横に立ち「北野ちゃん、俺、プロボクサーになるわ」と言った。
それから約2年が過ぎた1998年1月27日、ヤマザキくんのデビュー戦が、私のボクシング観戦デビューでもあった。
「あしたのジョー」のアニメでしかボクシングを知らなかった私にとって、生身の人間が殴り合う光景は衝撃的すぎた。しかも、新入社員研修で名刺の渡し方や応接室の上座と下座の位置関係を一緒に習ったヤマザキくんが、目をギラつかせて相手を殴ったり、殴られてアゴが上がったりヨロけたりしているのだ。すっかり気が動転した私と同期の女子社員4名は、3分×4ラウンド、ずっと悲鳴をあげっぱなしだった。
「こんな恐ろしいもの、スポーツとは認めない!」
帰り道でそう宣言したものの、その約4ヶ月半後、3度目の観戦でついうっかり「ボクシングって、ひょっとしたら面白いのかも」と思ってしまった。
その少しあとのことである。
ESPNというアメリカのスポーツチャンネルで、1981年9月のWBAウェルター級王者トーマス・ハーンズとWBCの王者シュガー・レイ・レナードの王座統一戦を見た。
会場は、ラスベガスのシーザースパレス。序盤はハーンズが中間距離から速いジャブを当ててペースを握るが、6・7回にはレナードが左フックを再三ヒットさせて、ハーンズをダウン寸前まで追い詰める。その後、ハーンズによる反撃もあるにはあったが、13回にレナードの右がクリーンヒットすると、あとは14回TKOのシーンまでレナードの一方的な攻勢だった。そうして誕生した統一王者は、両の拳を力いっぱい、何度も天に突き上げた。
それまで見たことがあったのは、ヤマザキくんが登場する4回戦だけで、パンチの名前もディフェンスの種類も、何も知らなかった。なにしろ、後楽園ホールではクリンチしているリング上の選手を見て「男どうし裸で抱き合ってるぅ、気持ち悪い」などと暴言を吐いていたほど無知だったのだ。そんな状況だから、細かい試合の展開などはちっともわからなかったが、それでもハーンズ対レナードを見たときはとにかく「すごい」と思った。
これをきっかけに、すっかりボクシングに魅せられてしまった私は、せっせと試合会場へ足を運ぶようになった。
ライターとしての性質か、私は好きになったスポーツがあると長くファンではいられない。その競技や選手を書きたくなって、ただ見るだけではなく、取材活動を始めてしまうのだ。ボクシングに関しても、やはりそうだった。
試合会場で、ジムを訪れて、あるいは喫茶店などに呼び出したり仕事場へ押しかけたりして、たくさんの選手や元選手、関係者からさまざまな話を聞いた。おかげで、第4試合と4回戦の意味の違いも知らなかった5年前に比べたら、かなりボクシングについてわかるようになった。もちろん、まだわかっていないことも多々あるだろうが、とりあえず観戦者としてはだいぶ成長したと思う。
取材を通して出会った多くの魅力的な選手たちの中で、最も強烈に惹きつけられたのは、パンサー柳田(福岡帝拳)だった。3年半の間に10回以上も福岡を訪ねて取材を重ねてきた。
次回は、来る3月16日、99年7月のコウジ有沢戦以来3年8ヶ月ぶりに日本人と対戦するパンサー柳田について書こうと思う。
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