戦士と語る=現場編=その2

元東洋太平洋バンタム級チャンピオン
Text By 新田 渉世
Photo By 山口 裕明

川崎タツキ(草加有沢)

“現場編”ということで再スタートした「戦士と語る」―

25日にオープンした新田ジムという“現場”で、ボクサーになることを夢みる若者達やボクシングを愛する人達ともに汗を流す毎日を過しています。

この空気、汗の匂い、サンドバッグを叩く音・・・。

やっぱりいい。

ただ、本当の“現場”はここではなく試合のリングである。近い将来ここから本当の“現場”へ赴く日が来るでしょう。その時、本当の意味で“現場編”がスタートすることと思います。

 
 
 ともあれ、一歩だけ"現場"へ戻ってきた人間として今回訪ねた"戦士"は、草加有沢ジムの川崎竜希。日本Sウェルター級7位。10戦9勝(9KO)1敗というハードパンチャーである。

 "草加のタイソン"と呼ばれるこのハードパンチャーを紹介してくれたのは、同じ草加有沢ジムのコウジ有沢だった。前回の「戦士と語る」以来、親しくさせていただいているコウジ君にも同席してもらい、近くのとんかつ屋さんでいろいろ語ってもらった。
(食事代は有沢会長がコウジ君に手渡してくれました。ご馳走様でした!)

 タツ君(川崎竜希)は中学生の時に一度有沢ジムに入門したことがあった。しかし当時ヤンチャ坊主だったタツ君は少年院で2度お世話になり、やがてヤンチャ青年へと成長してゆく。22歳の頃には、背中に彫り物を背負ったバリバリのヤクザ屋さんとして活躍していた。

「あの頃は簡単にチャンピオンになれてお金が稼げると安易に考えていました。」

 クスリでだんだん体が蝕まれてゆき、日常生活に支障をきたすようになる。そして25歳の時に沖縄のリハビリ施設に入院した。
 そこで彼はもう一度やり直す決心をしたのだ。沖縄の自然は彼の体だけでなく心までも浄化してくれた。

 1年間のリハビリ生活を終えたタツ君は再び走り始めた。この時の体重は170cmの身長で90kgまで増大。タツ君はとにかく走った。26歳の再出発。幸運にも鮮魚の運送の仕事を得ることができた。そしてとにかく走った。この時一緒に走った仲間の中にコウジ君がいたのだ。

 やがて草加有沢ジムに復帰することになる。そして28歳でプロデビュー。ひたすら走った体は贅肉が削ぎ落とされ、鉄のスタミナが蓄えられていた。あまりに遅いデビューだが、心はフレッシュだった。

 そしてそんな"草加のタイソン"を影で支えたのは11年間付き合っている彼女だった。

 クスリで壊れかけ、食事もろくにとらない男のそばにいて弁当を作り続けた。

 結構悲惨な光景が想像出来るが、タツ君のそばにずっと彼女がいてくれた理由は、このとんかつ屋さんで話しながら何となく分かった気がした。

 コウジ君の言葉を借りれば、"まじめ"なのである。"純粋""素直"と言った方が適切かも知れない。

 受け答えもひと言ひと言真剣に丁寧に対応してくれる。そして30歳とは思えないようなあどけない語り口。

「コウジさんとのスパーリングはホントに勉強になります。足を踏むとか、分からないように腕をホールドするとか、ずるさというかテクニックというか、勝つためにはいろいろ必要なんだなあって、ホント勉強になるんです・・・」

 はじめからずるい人間に、ずるさの勉強が必要だろうか。彼がどんな人間か判断するエピソードとしてこれだけで十分ではないだろうか。

 コウジ君の指導に「ハイッ、ハイッ」と真剣に聞き入っていたかと思うと、

「試合が決まる度にホントいつもドキドキなんですよ。」

 と、はにかんだりもする。失礼かも知れないが、可愛らしい男なのだ。

「ボクシングを始めてから、食事とか栄養とかにも興味が出てきたんですよ。」

 まだまだ、向上心も旺盛である。

 そしてこの筋骨隆々とした浅黒い肉体とハードパンチの持ち主には、コウジ君や彼女、その他大勢の支援者がいるようである。

「タツ君、そろそろ彼女を幸せにしてあげないとね。」

 コウジ君はタツ君と彼女の結婚式を後楽園ホールで挙げることを考えている。

 ボクサーとしての成功が訪れるかどうかはまだ分からないが、人間としての明日はきっと明るいような気がする。

 "草加のタイソン"をこれからも見てゆきたいと思った。








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