確か1月20日の夜半だったと思う。実に奇妙な体験をした。イサヤ・イコニが私の夢の中に登場し、長年、探しても見つからなかった16年前のスクラップ・ブックの在処を指摘してくれたのである。イコニは昭和56年にケニアからヨネクラ・ジム入りし、58年11月に日本S・フェザー級王座を獲得。以後、連続6度も防衛し世界3位まで上り詰めながら、60年に導入されたCTスキャンによる脳検査で「異常あり」の診断を下され、引退を余儀なくされたあのイコニである。
「おい、丸山よ」と夢の中のイコニは私に声を掛けた。「あのスクラップは2偕の部屋の一番古い本棚の後ろにおっこっているよ」。さらに彼は私にこう告げたのである。「お前が探しているスクラップの中に俺を取材して書いた記事がちゃんと貼ってある」。こうまで明確な言葉で語ったかどうかは別として、とにかく彼はそういう内容のことを話すと消えていったのだ。
ボクシング・マガジンに私が書かせてもらっている「拳豪列伝」というコラムで今回、編集部からふられたのが実はイサヤ・イコニだった。ただ、担当者から送られてきた資料だけでは、与えられたスペースを満たすのに不十分だった。何故イコニには日本にやってきて、そして帰国したのか。一番知りたいことがまず、分からないのである。
イコニがヨネクラ・ジムからプロデビューした56年は私がそれまで務めていた新聞社を辞めた年で、彼が引退した翌年に私はまたボクシングに係わるようになっていた。つまり、皮肉なことにイコニは私のボクシングの空白期間である4年余の間だけプロとして活躍していたのだ。その間、ボクシングとは全く無縁の生活をしていた私は、ボクシングを放映するテレビさえほとんど見ておらず、従ってイコニを書こうにも資料に頼る以外に方法がなかったのだ。やむなくこのトーク・イズ・チープの「マネジャーのお仕事」の筆者であるヨネクラ・ジムの敏腕マネジャー、林隆治君に電話を入れた。が、彼からは「いや、僕もイコニに関しては名前しか知らなくて・・」とつれない言葉が返ってきた。「米倉会長に聞いてみてくれない?」としつこく食い下がる私にまたもや「米倉会長がイコニについて細かいことを覚えているとでも思っているのですか」の返事。
どうしたらいいものか。イコニが夢の中に出てきたのは、私が思い悩みながら眠りに陥ったその夜だった。
目覚めた私はその夢を反すうしてみた。確かイコニは私が探していたスクラップにその掲載記事が貼りつけてある、と言っていた。ばかばかしい、と思いながらも、私はその場所を探してみた。手応えがあり、引き寄せると、何と「ボクシング@」と表紙に記された、まさにあのスクラップだった。夢中でページをめくった私はさらに驚かされた。本当にイコニの記事があったのだ。そしてそれはまさしく私の書いた文章だった。
その記事を抜粋するとー。「豊富なアマ経験を持つイコニはプロ制度がない母国ケニアからさらなる可能性を求め、日本アフリカ分化交流協会を通じてヨネクラ・ジム入り。・・CTスキャンによる検査で異常が認められ、引退を余儀なくされてからはヨネクラ・ジムのトレーナーに就任。そんなイコニに運命の女神はボクシングで得られなかった、幸運を授ける粋な計らいをした。失意のイコニが日本アフリカ分化交流協会主催のカルチャー講座に出席した折り、現夫人の西山敬子さんと巡り会ったのだ。敬子さんはケニアでの生活経験もあり、スワヒリ語にも堪能な女性。二人の心はたちまち通じ合い、61年2月に結婚。この程、子供が出来たことが分かり、イコニは帰国を決意した・・」。何だ、ちゃんと私が知りたかったことが記されているではないか。
実は私は彼に取材を申し込んで断られてた。そう信じ込んでいたのである。記憶力が明らかに減退した昨今の私ではあるが、しかし、まだ物覚えが悪くなかったころから私はそう思いこんでいた。突然思い出したことがあった。確かに私はイコニに取材を一度、断られているのである。が、そのイコニを取りなしたのが亡くなった松本トレーナーだった。たまたま敬子夫人がイコニを迎えにくる予定の日でもあり、敬子さんに通訳を頼み、かくして取材が成立したのだった。
私は自分の記事を参考にし、マガジンでのコラムを無事書き終えた。
それにしても、あの夢は一体何だったのか。勿論、イコニが私が紛失したと思い込んでいたスクラップの在処を知るはずもなく、知っていたはこの私本人である。人間の中に無意識という領域があることを発見したのは、言うまでもなくかのフロイト先生である。人間は自分にとって極めて都合の悪い事態が生じた時、或いは、自我を甚だしく傷つけられた際、万人等しく、防衛機制を行う。そうしたことを意識の俎上から意識下へ追いやってしまうわけだ。
恐らく、そのスクラップの中には、私自身、触れたくない、何かがあったのだろう。その何かは無意識の彼方に押し込んでしまったのだから、私自身分かるはずもない。それから16年。歳月は人を変える。もうあのスクラップを自分の前に差し出してもいいだろう、そう判断したのは私であって私ではない、無意識という名の心の深層だ。たまたま困惑していた私にそのスクラップの在処をイコニを通じて指し示したのも、覚醒している時の私には謎以外の何者でもない、心の深淵だ。
その深淵を探りたくなって、スクラップをめくっていった時、葬り去りたいと切に感じていた、あるボクサーとの過去を私自身がつづった覚え書きが、その中に隠されていたのである。(以下は次号)
|
|