マネージャーというお仕事 9
林 隆治(ヨネクラジム マネージャー)





☆ 前略 アルマン・ピカル様

 あなたは今、どちらで暮らしているのでしょうか。母国フィリピンで家族と幸せにお過ごしになっていらっしゃるのでしょうか。それともまだ日本の空の下で、労働に汗していらっしゃるのでしょうか。

 とにかくお元気であることを念じております。

 あなたとはたった3日間のお付き合いでしたが、私にとっては、人間を見る目というものがガラリと変わってしまうような、そんな激動の3日間でした。ボクシングビジネスの厳しさを初めて教えられた、と言い換えてもいいかもしれません。

 私はその頃、まだ二十歳を過ぎたばかりの大学生で、バイトとしてジムのお手伝いをしていた身分でした。私の上司の米倉会長は「何でも自分で経験してみろ」という考えの持ち主で、その時、新人の私になんと「外国人ボクサー招聘業務」を命じたのです。普通このような仕事は、国際マッチメーカーと言われる方々に委託するものなのですが、それを会長は「いつまでも人に頼っていてはだめだ。何事も勉強だ」の一言であっさりと、右も左も分からないような若僧に申し付けるのですから、いやはや、無茶と言うか、能天気と言うか、お気楽と言うか…。

 とにかく私は、ヨネクラジムの、ある重量級選手の相手を探すことになり、フィリピンのプロモーターと直接交渉を始めました。そして、そのプロモーターが提示したリストの中に、元東洋太平洋王者であるあなたの名前があったのです。その時は、あなたの名前がこんな形で忘れられない存在となるとは、神ならぬ身の私には知る由もありません。会長とも相談の上、あなたを招請することにしたのでした。

 ファックスをやり取りしながら、交渉は順調に進み、あなたの来日が正式に決まりました。また、その時にあなたが一人で日本に来ることで私たちは合意しました。こちらにとってセコンドが随行するよりもその方が経費節減になるので正直、有り難いことでした。ですからビザ発行に必要な招請状もあなた一人の分しか送付しませんでした。

 そしていよいよ、あなたを成田空港まで迎えに行く日が来ました。空港で私は、あなたの名前を書いたプラカードを胸の前に持ち、極度に緊張しながらあなたが出口から姿を現すのを待っていました。

 実は私はこの試合の後も、同じように外国人選手のマッチメークをいくつか自分でやるようになったのですが、この、空港で見知らぬ顔を出迎えるという行為は、何回経験しても大変な気疲れをするもので、なかなか慣れるということがありません。ましてや、この時は私にとっては初めてのことでした。

 頭上の表示板は、あなたの乗っている便がすでに到着していることを示しているのに、20分たっても30分たっても、なかなかあなたらしき人物は現われず、精神的にだんだんと焦りが生じます(今思えば税関や入国審査などで相当な時間がかかるのですから、当たり前なのですが)。そして私は、出口から次々と吐き出される人々すべての顔を注視し、全員にプラカードを見てもらおうと無駄な努力をするわけです。そのうち「もし手違いでめぐりあえなかったらどうしよう」とか「本当に飛行機に乗っていたのだろうか」とか様々な不安が胸の内に去来し、その不安のせいで待っている時間が、またさらにとてつもなく長く感じられます。もし選手が来日できず試合が中止、なんて事態になったら、私はそれこそ切腹するか、辞表を置いてこのままどこかに高飛びしなくてはならなくなるわけです。

 しかし面白いものですね。これも毎回、空港に出迎えに行く度に感じることなのですが、ボクサーというのは、一般人の中に混じっていると、まるでそこだけスポットライトを浴びているかのように一目で分かるものなのです。薄汚いジャージ姿、大きくごつい拳、潰れた鼻、減量でやつれた頬、しかしながら鋭く射抜く眼光。一つ一つを言葉にしてしまうと、何か当然のことに思えるかもしれませんが、その瞬間は、ただその纏っている雰囲気としか言いようがない、そんな不思議なオーラによって「あ、あれはボクサーだ」と直感できてしまう。本当に額に印がついているのかと思うくらい、ボクサーは目立って見えるものなのですよ。

 その時もそうだったのです。だから実は私は知っていました。あなたが一人ではなく、もう一人別の人間と連れ立っていたことを。

 私が緊張と待ちくたびれで疲れ始めた頃、ふと顔を上げると、そこにようやく「ボクサー」が姿を現したのです。間違いなくそれはボクサーでした。その人物が私の呼んだボクサーであることには絶対の確信がありました。

 しかし奇妙なことに彼はもう一人のフィリピン人らしき男性と一緒でした。私が出した招請状はあなた一人だけのものです。おかしいと思いました。彼ら二人はまだ私のプラカードには気付かず、ゆっくりと私の右手の方向に歩いていきます。私は食い入るように、そのあなたであるはずの人物を見つめていました。不思議なことに「二人連れなのだから、彼は私の待つボクサーではない」という考えはまったく浮かばず、頭にあったのは「私が呼んだボクサーなのになぜ二人連れなんだ?」という疑問だけでした。

 その「あなたであるはずの人物」の視線がスーッと私のプラカードに向けられました。この時のシーンは一生忘れられない。

 その人物はごく自然にプラカードから視線を逸らし、そのままもう一人と共に立ち去ってしまったのです。なんというさりげなさ!

 ここに至って初めて私は、その人物がボクサーではなかったか、という思考に辿り着きました。「彼はボクサーだ」という神憑りに近い確信が、まだ心に残っていて少しモヤモヤしていましたが、「二人で降りてきたんだから、自分の勘違いか」と自身を納得させ、再び出口であなたを待ち受けることにしました。

 その時、何者かに後ろから肩を叩かれました。振り向くと、やはりでした。先程の「ボクサー」が、今度は一人で立っていたのです。それはそう、あなたでした。



 おそらくあなたは私のプラカードを見た瞬間に、二人連れの姿を見られるのを恐れ、自然な振りをして遠ざかり、もう一人と別れてから私の元に戻ってきて、さも一人で来日したかのように振る舞ったのでしょう。

 しかしこの件は私を警戒させるに充分でした。あのもう一人のフィリピン人は何者かも分からないし、どんな目的があるかも分からない。だが、何かを二人が企んでいる、それは確実なことでした。

 私はすぐにあなたからパスポートを取り上げました。そうでもして、あなたに対して優位に立っておかないと不安だったのです。そしてそれは今考えると、正しい判断でした。

 試合までの3日間、あなたはとても人懐っこかった。あなたは私に幼い娘さんの写真を見せてくれましたね。可愛い子でした。あなたは「この子のためにボクシングでひと稼ぎするんだ」と言って目尻を下げていました。私は自分の立場も忘れ、あなたに頑張って欲しいと思いました。

 それにあなたは「君の家に遊びに行きたいんだ」とリクエストしました。私は「せまいマンションだよ」と断ろうとしましたが、「ぜひ君の親と会いたい」と言ってくれましたね。そして実際に連れて行くとあなたは私の親とも仲良くなり、すっかり家族のようになりました。私の勉強部屋で雑談していると、「今度からあんな立派なホテルをとることないよ。この部屋で充分だよ。もったいないからね。次、呼んでくれた時はここで寝るよ」と言いましたね。

 本当にあの時、私とあなたとは友人でした。最初の警戒感が完全に消え去ったわけではないけど、このまま何も起こらず、あなたと友人として別れられると思いました。
試合では、あなたは果敢に打ち合い、私の選手のカウンターを貰ってKOされました。



 試合翌日の早朝、空港まであなたを送りに行きました。飛行機の搭乗券をとり、あとは出国審査のゲートに入るだけという段階で、最後に一息つこうと一緒に喫茶店に入りました。

 そこで初めて、私はあなたにファイトマネーとパスポートを渡したのです。今思えば、この時のんびりとお茶など飲んでいなければ良かった。すぐにゲートの中にあなたを押し込んでしまえば良かったのです。

 あなたは「トイレに行く」と荷物を置いたまま席を立ちました。私はコーヒーを飲みながらあなたが帰ってくるのを待ちました。10分たっても帰ってきませんので「遅いな」とは思ったのですが、目の前にあなたのバッグがあるので特に何も心配はしませんでした。私はやっと一仕事終えた安堵感、達成感で気が緩んでいたのです。20分たって、ようやくおかしいと思いました。そして30分経つ頃には、只事でないことに気がついていました。

 裏切られました。あなたは帰って来なかったのです。あまりの鮮やかさに言葉もありませんでした。

 空港中を走り回りましたが、あなたの姿は見当りません。茫然自失の私は、飛行機の出発時間まで空港をさまよい、あなたが乗るはずだった便が飛び去るのを見届けました。そして航空会社のカウンターで、本当にあなたが乗っていなかったかどうかを問い合わせました。もちろん確認するだけ滑稽というものです。私は最後まであなたを信じたかったのでしょうか。「ええ、搭乗されてましたよ」と職員が答えることを期待していたのです。そんなことはあり得るはずもなく、私はむなしく空港を後にしました。

 調べてみると、あなたは、不法滞在外国人に仕事を斡旋する組織と、連絡を取っていたようでした。来日時にあなたと一緒にいた人物も、その関係者でしょうか。とにかくあなたは日本で働くために、ボクシングの試合を利用して入国したのでした。

 私は裏切られることの何たるかを、あなたのおかげで知る事が出来ました。それは滅多に遭うことの出来ない貴重な体験でした。月日が流れた今は、もうあなたに感謝の念しか残っておりません。そしてこうも思うのです。あなたは試合をする前にいくらでも逃げるチャンスはあったはずなのに、とにもかくにも試合はちゃんとしてくれた。おかげで私は切腹も高飛びもせずに済んでおります。それは私がパスポートを取り上げていたからではなく、あなたの私への友情の証と信じたいのです。



 あの日、家に帰ってから、あなたが置き去りにしたバッグを開けてみると、そこにはどうでも良い下着類と、なぜかトランプカードが入っていました。


 あなたは今、どこで暮らしているのでしょうか。

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